東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)40号 判決
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〔判決理由〕(審決を取り消すべき事由の有無)
二 原告は、本件審決は、各引用例との対比において相違点の判断を誤つた違法があり、取り消されるべきであると主張するが、その理由のないことは、以下に説示するとおりである。
原告は、本願発明方法により製造されたものと第一引用例の方法により製造されたものとの相違は、単に香料の有無だけではなく、「単一又は調合香料を溶解吸収せしめた豚脂、牛脂」の有無にもあり、第一引用例においては、豚脂、牛脂はカルナウパ蝋の軟化剤として用いられ他の油類に代えることもできるのに対し、本願発明においては、香料を吸収したままの性状で組成に加わり、長期にわたり香料を保持させるものであり、これは後記のように新たな技術が提供されたことによるものである旨主張する。しかしながら、第一引用例には、カルナウパ蝋を豚脂、牛脂などの脂肪、ヒマシ油、流動パラフインなどの油類および他の蝋類の一種または数種に融合させ、これに適宜の色料を混和して得た塗剤の薄紙に塗布してなる複写紙製造法が記載せられ、本願発明においては、単一または調合香料を溶解吸収せしめた豚脂、牛脂は、従来複写紙塗剤に豚脂、牛脂とともに用いられている残余の原料である蝋類、油類および色料などの混和物に均一に混練されるものであり、単一または調合香料は豚脂、牛脂とともに複写紙塗剤組成物中に均一に分散されているものであることが認められるから、本件審決におけるように両者を複写紙塗剤の組成について比較するかぎり、単に香料の有無において相違するにすぎないとした審決には、原告主張のような誤りはない。
原告は、第二引用例においては、比較的安定な天然香油を金属塩類の粉末に吸着させ脂肪性油に混和させるものであるのに対し、本願の発明においては、天然香料よりもはるかに揮散し易い調合香料を永く複写紙塗剤内に吸着存在させるものであり、両者は相違すると主張するが、本件明細書の発明の詳細な説明においても、使用する香料については「単一又は調合香料」と記載し、実施例においてクマリンおよびヘリオトロピンを例示するほかには、なんらの説明もないことが認められるから、本願の発明が特定の調合香料に限定されるものでないことはもちろん、「単一又は調合香料」が、本来香料として最も普通に認識されている天然香油を排除するものと認めることはできず、また、香料の種類、組成などによりその揮発性に難易の差があるからといつて、調合香料が常に天然香油よりはるかに揮発し易いと断ずることはできないし、また、これを認めるに足る証拠はないから、両者の香料の性質に相違あることを前提とする原告の前記主張は、他の点について判断するまでもなく、採用できない。原告は、複写紙は同一箇所からくり返して印字を行なうから、塗剤に粉末状の物質を混和することはできないのであり、したがつて、第二引用例の金属塩類の粉末に天然香油を吸着させる技術を本願発明と結びつけることはできない、と主張するが、<書証>証人O)証言および弁論の全趣旨によれば、本件特許願に添付した明細書の発明の詳細なる説明中には、複写紙塗剤の成分としてカーボンブラツクなどの顔料を混和することについて記載され、このガーボンブラツクは粉末状物質であり、第二引用例において芳香油を吸着せしめる白色または着色顔料として例示されている炭酸マグネシヤ、沈降性硫酸バリウムなどと体質または着色顔料として均等に使用されていることが認められ、この認定を動かすに足る証拠はないから、原告の前記主張も採用できない。
原告は、本願発明は、前記の(a)、(b)、(c)および(d)の四項目を技術内容とし、その技術的特性は、この四項目を通じてみられるように、香料を捕収し永くこれを持続する性質を有する豚脂、牛脂を原料として用い、香料をまずこれに溶解吸収せしめたうえ終始低温で残余の原料との混和を完了する点にあり、これらは各引用例にみられない点であり、これにより原料である香料の混和時の揮散を防止するとともに香料を長期にわたり複写紙内に捕収せしめるという優れた作用効果があるから、引用例から容易に類推できる程度のものではない旨主張する。しかしながら、<書証>ならびに証人Oの証言によれば、香料は揮散し易いため、脂肪、蝋および油類の香料入り混和物を作るには、まず香料を除いた残余の原料を所要の温度に加熱して溶融混和せしめた後徐々に冷却し、固化を始める前に(高融点の成分があつても混和物はより低い温度まで液状を保つ。)、四〇〜五〇℃において香料を混和する方法が常用されること、また、牛脂および豚脂は香料の吸収力がよいことは、いずれも当業者の熟知するところであることが認められるから、前記四項目の技術のうち、(a)と(b)とを各別に処理して混和する点すなわち香料をまずこれを吸収し易い原料に溶解吸収せしめた後に残余の原料の混和する点を除いては、当業者が各原料ないし混和物の性状に応じて採択しうる程度のことにすぎないものということができる。第二引用例によれば、殺菌性を有する芳香油を含む芳香性防蟲印刷インクを製作するにあたり、芳香油の揮発飛散を緩漫ならしめ馥郁たる香りを永続せしめる目的をもつて、まず芳香油を酸性白土もしくは着色顔料に吸着せしめた後、これにワニスのような脂肪性油を加えて練肉する方法をとれば、その目的に適つた効果があることが認められるから、カーボンペーパー用インクに、保持剤として体質の代わりに豚脂、牛脂を使用して、香料を混加するにあたり、前記(a)と(b)とを各別に処理して混和することは、第二引用例から当業者が容易に推考しうるところというほかはない。したがつて、原告のこの主張も理由がない。
よつて、本願発明は、同一分野である複写紙製造法に関する第一引用例および近似の分野である芳香性印刷インクに関する第二引用例の各記載に、当業者の熟知する前記常用技術を用いることにより、容易に推考しうるものというほかはない。
(むすび)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があるとして本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却する。
(三宅正雄 土肥原光圀 武居二郎)